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ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

期間限定で公開中。将棋で強くなるための上達法のあれこれ。難しい符号は一切なし。将棋以外にも応用できるので、ご愛読を。

二者択一は選ぶな!

ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

二者択一は選ぶな!

 

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ここらで、一般の方々のブログや質問板の言説を分析しようと思う。

「早く具体的なアドバイスを」と言われようが、急いては事をし損ずる、だ。

 

周知のとおり「どうすれば将棋が強くなるか?」という質問は非常に多い。

プロ棋士も、そのような質問に答えられなくて困っていると聞く。

 

そこで、この類いの質問に、なぜ答えられないかを答えよう。

 

「詰め将棋」をやれ。

たとえば、こういう模範解答がある。

 

しかし、こういうと、必ず次の反発が来る。

「詰め将棋」だけで、強くなれるのか、と。

 

いわば、お約束の問答である。

「詰め将棋」を「定跡」などに置き換えても、パターンは同じこと。

 

「xだけで強くなりたい」という欲望まるだしに無自覚なのは、愚かである。

 

ただし、愚かと言ったけれども、ここには人間の心理が透いても見える。

それを安易と一蹴するうちは、まだ人間通とは言えない。

 

「将棋で強くなるのは、非常に難しい」

「私は本当に強くなれるのか」

 

このような無意識の不安が「xだけで強く」という思考を招き寄せる。

 

詰将棋より必至をやった方がよいのか」

「実戦より定跡の勉強が大事なのか」

 

「xよりy」という言説も、「xだけ」と全く同じ心根から発している。

結局、1つだけにすがりたいという欲望がまるだしなのだから。

 

はっきり言おう。

二者択一は選ぶな、と。

 

「序盤の勉強を優先すべきか、終盤の勉強を優先すべきか。」

「どちらも優先せよ。」

 

「詰め将棋と必至、どっちをやるべきか。」

「どっちもやろう。」

 

「短手数の詰め将棋と、長手数の詰め将棋は、どちらが有効か。」

「どちらも有効。」

 

「早指しと長考、どっちが力つくの?」

「どっちも必要。」

 

「質と量、どちらが大事か。」

「両方、大事。」

 

居飛車振り飛車、どっちが勝てる?」

「両方、勉強しよう。」

 

駒落ちは、不要?」

「平手も、駒落ちも、必要。」

 

以下、膨大につき、略。

ああ、すっきりした。

 

将棋は一手しか指せないゲームだから、将棋指しは本能的に”決断”してしまう。

学校のテストも同様で、答えが一つだから、そういう思考回路の人間が育つ。

 

けれども、これは”洗脳”に近い。

勉強法や人生の答えが一つである道理がない。

芸術や将棋のように深いものへのアプローチは、特にその傾向が強い。

 

「AかBか」と訊かれたら、論理的には四択に決まっている。

ア A

イ B

ウ both A and B(AとBの両方)

エ neither A nor B(AでもBでもない)

 

以上の四択である。

 

「一億円の指環と、三億円の指環、どっち買ってくれるの?」

「私シュうぇッチマンは羽生善治さんじゃないので、どっちも買えません。」

 

【本日のまとめ】

二者択一は選ぶな!