読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

期間限定で公開中。将棋で強くなるための上達法のあれこれ。難しい符号は一切なし。将棋以外にも応用できるので、ご愛読を。

将棋ソフトの活用―スランプ脱出大作戦(補遺)

ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

将棋ソフトの活用―スランプ脱出大作戦(補遺)

 

f:id:Shouldgo:20160902200628j:plain

 

J・C・R・リックライダー。

論文「ヒトとコンピュータの共生」の著者である。

 

思想としてのパソコン

思想としてのパソコン

 

 

恐るべき慧眼!

すでに1960年の時点で Man-Computer Symbiosisを構想していた。

 

この中に「ヒトとコンピュータの能力の比較」という項目がある。

 

《「コンピュータ」という言葉が、計算、データ処理、情報の蓄積検索など、

広い範囲の機械をさして用いられていることを認識すべきだろう。》

 

たしかに、今日においてはなおのこと、「コンピュータ」の語は多義的である。

殊に通信の意味が加わったのが、乗数的に多義化を推し進めた。

 

それでは、ヒトは、どう定義できるだろうか。

 

《ヒトはノイズの多い、周波数帯の狭い装置だともみなせる、》

 

これでは救いがないが、読点の後には、こう続く。

 

《しかしその神経系には、併行して同時に活動できるチャネル(経路)が

膨大にある。これにたいして、コンピュータはきわめて高速で正確だが、

同時には一つもしくはせいぜい数個の基本的動作しかおこなえないという

制約がある。ヒトは柔軟で、新しく得た情報にもとづき「自分を思いがけ

ないやり方でプログラムする」能力がある。(……)》

 

ヒトの魂を完全にコンピュータに売り渡してよいものか。

答えは、否だろう。

 

ヒトにはヒトの長所がある。

その長所を理解するのとしないのとでは、大きな格差につながるだろう。

 

ヒトの長所とは、指摘に従えば、チャネルの多さ、柔軟さ、冗長な言語、

ノイズへの対応である。

 

時にコンピュータに近づきつつ、完全にコンピュータになることは拒む。

これがヒトのヒトたるゆえんだろう。

 

うるさい満員電車の中でレコーダーを使い録音しても、ただの雑音だ。

しかし、ヒトは聴きたい音声だけを自然に取捨選択できてしまう。

 

いくら科学技術が発達したからといって、海や森の代替は発明できない。

同様に、ヒトの能力も、まだまだ捨てたものではあるまい。

 

スランプの克服法。

コンピュータの活用を説いたが、コンピュータから離れることも大事。

休憩、これがヒトにはやはり不可欠。

スマホ断食なんて言葉もあるけれど、この断食技術の開発が今後の課題。

 

不自然なことを強いると、身体や感覚がおかしくなる。

目・肩・腰は、ドラッグではなく、運動によって治すよりなかろう。

チャネルの膨大さという最大の長所を取り戻すために、自然の中へ。

 

ここでいう「自然」とは、「自然環境を守る」とかいうアレではない。

難しいことやリクツは捨てる。

他の動植物と同じように、遊んだり、ぼーっとしたりしよう。

 

私シュうぇッチマンは、海や銭湯を好む。

海は、ただ、ぼーっと見ている。

銭湯は、温泉でなく、スーパー銭湯でもなく、ただの銭湯。

わざとらしい「癒やし」でなく、日常の延長にある等身大の自然。

 

よし、銭湯に行こう!

 

 

 

  

銭湯遺産

銭湯遺産