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ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

期間限定で公開中。将棋で強くなるための上達法のあれこれ。難しい符号は一切なし。将棋以外にも応用できるので、ご愛読を。

メンタル―柳のようにしなやかに(3)

ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

メンタル―柳のようにしなやかに(3)

 

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 ――柳に雪折れなし。(ことわざ)

 

コミュニケーションに過敏な社会。

私シュうぇッチマンは、現代社会をこう捉える。

 

コミュニケーションという言葉が多用されているのは間違いない。

しかし、この言葉がいつまで経っても外来語であることに注意しよう。

そう、この言葉、定着しているようで、定着していないとみる。

 

そもそも、コミュニケーションって、何だろう?

内容が空疎で、定義がひどくあいまいである。

ひどくあいまいなものを有難がって信奉するのは、今の世の常だ。

 

そもそもコミュニケーションの名人なる人が存在するのだろうか?

将棋のようにわかりやすく名人や竜王がいれば、話は別だ。

けれども、コミュニケーションの名人なんて、聞いたことがない。

 

どんな人間でも、コミュニケーション能力に欠陥がある。

にもかかわらず、コミュニケーション能力の高い人を求める。

無い物ねだりで、意味不明。

 

とはいえ、コミュニケーションの大切さを否定するつもりはない。

現に、将棋はコミュニケーションのツールだと、繰り返してきた。

けれども、同じくらいディスコミュニケーションも重視しよう。

 

想像してみてほしい。

あらゆる人とコミュニケーションをとらなければならない社会を。

話したくない人とも話し、相性の悪い人とも仲良くする。

そんな煩わしく、息苦しい社会の、一体どこが楽しいというのか。

 

事実、現代社会はディスコミュニケーション化が進んでいる。

便利になりすぎ、正解至上主義が横行しているのが、その理由という。

(『東京新聞』2008年2月24日の社説参照)

 

口ではコミュニケーションの重要性を説く。

しかし、実際は反対方向を向いている。

このような人が大多数ではないだろうか。

 

私シュうぇッチマンは、へそ曲がりである。

だからこそ、あえてその反対を主張したい。

ディスコミュニケーションこそが重要だ、と。

 

長谷部誠さんの本を読んで感心したのは、このことだ。

このサッカー選手は、独りになる時間をとても大事にしている。

これはディスコミュニケーションを大事にしていることと同義だ。

 

 

いや、正確に言い直しておこう。

ディスコミュニケーション「も」、大事だ、と。

要は、コミュニケーション/ディスコミュニケーションの均衡の問題。

 

コミュニケーションは躁で、ディスコミュニケーションは鬱だ。

コミュニケーションが祭りなら、ディスコミュニケーションは日常だ。

日常までお祭りで満たそうとするのが現代社会の病的なところである。

コミュニケーションを強制する圧力など、適当に受け流せばよい。

 

大事なのは、過敏になることと鈍感になることの両方。

相手の話を傾聴することと、相手の話を無視すること。

この2つを両立することが、現代社会においては、きわめて重要である。

 

相手の話を熱心に聴き過ぎたら、自己自身がなくなってしまう。

相手に遠慮し過ぎて、本音で話ができないと病気になってしまう。

さりとて、相手を無視し過ぎたら、相手の方が病んでしまう。

相手が病めば、こちらも病むことにつながる。

 

したがって、どちらも重要である。

キャメラを極限まで近づけたかと思うと、ロングで思い切り引く。

こういうピント調整が機能しなければ、心は確実に病む。

 

私シュうぇッチマンがよく言うのは、人に嫌われろということ。

全員に好かれようとするコミュニケーション観は、危険きわまりない。

 

少なくとも「好かれる」「嫌われる」「路傍の石ころになる」の三択。

女子校に勤める秘策を友人の男性教員に問うたことがある。

彼は「空気になる」と即答した。かっこよすぎる!

 

コミュニケーションの名人がいるとすれば、それはオーラを消せる人だろう。

「好かれよう」とも「嫌われよう」ともしないが正解のこともあるから。

 

将棋も「相手にする」「相手にしない」の選択が面白い。

また、伸るか反るかの選択も面白い。

羽生さんの手渡しなど、非常に興味深い。

 

羽生さんほどでないが、私シュうぇッチマンは手渡しが得意だ。

あるアマ強豪と感想戦で激論になったことがある。

彼は最善手を追い求めるが、こちらは手渡しが最善と主張して譲らない。

将棋の真理なんて、神様じゃないから分かるわけがない。

アマだと、こういう開き直りの1手パスが有効なことは結構ある。

 

真面目すぎても、不真面目すぎても、将棋は勝てない。

 

【本日のまとめ】

・コミュニケーションの裏のディスコミュニケーションに焦点を当てよう。

・好かれようとするばかりでなく、たまには嫌われる勇気も必要だ。