ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

期間限定で公開中。将棋で強くなるための上達法のあれこれ。難しい符号は一切なし。将棋以外にも応用できるので、ご愛読を。

棋士の前にひとりの人間として(4)

ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

棋士の前にひとりの人間として(4)

 

f:id:Shouldgo:20161209174632j:plain

 

世の中、すべて銭だ。

ある意味、潔い断言。

 

たしかに、お金のことを抜きにした議論は、絵空事という気がする。

けれども、こう断言すると、そこから逃れ去るものがありはしないか。

 

というわけで、今回はお金のことから考えていきたい。

 

たとえば、「お金がすべてだ」という命題。

その「お金」の価値は、はたして常に一定なのだろうか。

 

まず、1円は安いのか、それとも高いのか。

通常の感覚なら安いと考えるだろう。

けれども、「1円を笑うものは1円に泣く」ともいうではないか。

「ちりも積もれば山となる」ともいう。

このような考え方をすれば、1円の価値がぐらぐらと揺らぎ出す。

 

「無料ほど高いものはない」という言い方がある。

しかし、知り合いの関西人は「無料ほど安いものはない」と言い切る。

前者は逆説で、後者は字義通りに捉えている。

まあ、どちらも、一面の真理を突いているのだろう。

 

「安物買いの銭失い」「損して得とれ」などの、ことわざ。

これらも金銭の両義性を示唆してくれている。

 

遠回りをしたが、将棋を指す人には、これらは言わずもがな。

駒の損得だけでなく、駒の効率や手番で形勢判断をする。

いわば大局観に基づく形勢判断は、将棋の基本中の基本だから。

 

それは人生にも当てはまる。

先日、私シュうぇッチマンの教え子(プロ志望)が、チャンスを逃した。

「できる人」と言われて、手を挙げられなかったらしい。

「できる」「できない」でいうと、まだ実力が足りないと自己評価した。

だから、手が挙がらなかった、挙げられなかった。

 

後日、私シュうぇッチマンは、SWOT分析を復習してあげた。

強さ(Strengths)と弱さ(Weaknesses)の二者択一はダメ。

機会(Oppotunities)と脅威(Threats)を常に意識しよう、と。

 

弱くても、チャンスを逃さなければ、強さになる。

強くても、チャンスを逃したり、調子が悪いければ、弱さになる。

このことを知らないと、成功できないよ、と。 

 

「お金はすべて」という考え方を、別の観点からも脱構築しておこう。

お金、つまり資本とは、交換価値。言い換えれば、記号であるという見方。

 

一万円札を犬や猫に与えても、ただの紙きれにすぎない。

ヤギなら、おやつに見える可能性もある。

 

将棋の駒も、お金も、その意味ではまったく同じ。

桐谷広人さん。

私シュうぇッチマンにとっては升田幸三の弟子、棋士である。

だが、最近は株主優待券で生活する人なのかもしれない。

これは、彼が「交換」自体に憑かれていることを表している。

将棋も、株も、株主優待券も、本質的には同じものだから。

 

桐谷さんが教えるはじめての株主優待

桐谷さんが教えるはじめての株主優待

 

  

桐谷さんの株主優待生活 (単行本)

桐谷さんの株主優待生活 (単行本)

 

  

桐谷さんの株主優待ライフ

桐谷さんの株主優待ライフ

 

  

  

 

機会を逃せば、株価は変動する。

期限が来れば、株主優待券はただの紙切れだ。

 

交換価値ということでいえば、言語も同じ。

言葉の価値も、お金の価値とまったく同じことが言える。

 

ある一言が、人生を揺るがすほどの意味を持つことがある。

かと思えば、同じ一言を、馬耳東風で通り過ぎることもできる。

 

この不思議!

 

しかも、交換価値は、社会がなければ成立しない。

もし、社会の中で、共通の約束事がなかったとしよう。

紙幣は紙きれ、貨幣は金属、駒は木片、言語は空気の振動かインクのシミだ。

 

難しくいえば、資本や言語を徹底的に考えることは、社会を考えること。

同様に、将棋の本質を考えることもまた、社会を考えることであるはずだ。

 

本日は非常に哲学的なお話になってしまった。

ただ、こういう見方もあると示唆してみたくなった。

頭の片隅にでも入れておいていただければ幸いである。

 

 

SWOT分析 コーチング・メソッド

SWOT分析 コーチング・メソッド