ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

期間限定で公開中。将棋で強くなるための上達法のあれこれ。難しい符号は一切なし。将棋以外にも応用できるので、ご愛読を。

おまけの将棋ノート(16)

ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

おまけの将棋ノート(16)

 

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わが将棋人生、ふたたび

 

 わが将棋人生。いったい、どこで間違えたのだろう? 

 少年時代、一人だけどうしても勝てない天才少年がいた。彼を目標にがんばっていたら、いつの間にか、大人相手でも臆せず勝ちまくれるようになり、市長杯準優勝。ところが、そのライバルの少年が転校してしまい、抜け殻のようになってしまった。ここが最初のつまずきの石。

 その前に、そもそも、どのようにして強くなったのだろうか?

 ここが一番悩ましい。初心者・初級者に指導をするとき、自身の初心者・初級者時代を覚えていると好都合なのだが、ほとんど覚えていないのである。どうやってルールを覚えた? どうやって詰将棋が解けるようになった? どうやって負けないようになった? このあたりのことを正確に覚えていないのだ。だから、初心者・初級者を対象としたブログが書けない。その意味でも、今日は非常に恵まれた時代で、初心者や初級者のブログを特に興味深く拝読している。

 ただ1つ覚えていることは、家族や友達に教えながら強くなったということ。ルールを知らない人にルールを教えながら将棋を指す。そういうコミュニケーションには積極的だった。いや、そういうコミュニケーションからコミュニケーションというものを学んだのかもしれない。ともかく、アウトプットは大事だ。

 ライバルがいなくなった瞬間、簡単に勝てるようになったことから、中高生のころは無意識レベルで将棋をなめる(馬鹿にする)ようになってしまった。ここで本質的な、つまり地力を養う将棋の勉強を怠けてしまったように思う。この頃、急速に定跡の整備が進んだことも災いしている。知識と研究の勝負に走るようになった。『定跡ガイド』という黄色い本のシリーズを丸暗記して勝つようになったのだ。

 ところが、大学の将棋部ではこれだけでは通用しない。学生将棋でもいくつかの入賞を果たしたが、ツボにはまれば強くとも、変態将棋の魔窟でもあるから、結局は地力の強い者が勝つ。そこで大いに苦しめられた。また、迷惑なことに(当時の心境につきお許しを!)、『羽生の頭脳』なる画期的な定跡書のシリーズが発売された。これをバイブルのように覚えることが、恐ろしいことに「当たり前」になってしまったのだ。研究が当たり前になった時代の到来。地力でも敵わず、研究でも勝てない時代の到来である。矢尽き、刀折れて、私シュうぇッチマンは将棋界から姿を消した。研究時代の到来が第二のつまずきの石。

 その間、さらに将棋界に革命が起き、中座飛車・藤井システムなど、旧来の常識ではまったく理解できない将棋が出現してしまい、浦島太郎状態になってしまった。約10年に及ぶブランクだけでも大変なのに、そこへこの将棋革命が重なったことが第三のつまずきの石だった。

 その後、奮闘努力し、小学生時代や大学時代の自己に勝ち越せるかというレベルに到達した。その奮闘努力の跡が、このブログである。言い換えれば、このブログは、リハビリの記録ということもできる。

 私シュうぇッチマンは、交通事故に遭い、本物のリハビリも経験しているので、実はあまりシャレになっていないのだが・・・・・・。

 

脱暗記と創造性

 

 初級者へのアドバイスは、非常に難しい。責任重大だから、いいかげんなことは言えない。したがって、私シュうぇッチマンは、口をつぐむ。「語りえぬものについては、沈黙しなければならない。」(ウィトゲンシュタイン)いや、それでは無責任というのなら、たった1つだけに絞ろう。ただの丸暗記はおやめなさい、と。

 棋譜並べを推奨しているが、暗記を「目的」にしてはいけない。暗記はあくまでも手段や結果であって、目的ではない。暗記を目的にしたら、伸びしろが失われる。初段には到達できたとしても、初段どまりだろう。

 そもそも将棋は、千変万化。微妙なかたちの違いに繊細に対応しなければならないものだから、定跡や棋譜をマニュアルのように丸暗記したところで(コンピュータ並みの記憶力を誇るのでなければ)あまり意味がない。先入観が邪魔をするというデメリットもあるのだから。むしろ相手の動きをいちはやく察知し、動物的な勘や嗅覚を働かせる方が大事。暗記したにしても、覚えたことを経験とし、応用できることが大事。棋譜並べや定跡の勉強を、いかに暗記だけであることから遠ざけるかをテーマにすべきだ。このブログには、そのためのヒントが満載してある(つもり)。

 ツボにはまれば強いという奇襲戦法のような一攫千金の勝ちもたまにはよいが、これを主力にしてはいけない。目標に掲げるのは、初見の局面でもそこそこ対応できてしまう臨機応変、融通無碍、天衣無縫な能力である。そして、初見で対応できなくとも、「同じ間違いは繰り返さない」、すなわち2回目には完全に修正案を提出できる能力である。このあたりはおそらく、初級者だろうが、プロだろうが、同じ目的を持っておくべきところだと思う。

 そして、おそらく同じことは受験にも言える。ただの丸暗記専用機械は、秀才どまり。伸びしろのある受験生は、ただの暗記ではなく、地頭を鍛える。

 地力、地頭を鍛えよと言われても、どうしてよいのか途方に暮れる人もいよう。簡単だ。遊び、別の言い方をすれば、脱線すること、道草することである。

 たとえば、3手詰めの詰将棋だったら、その2手前から始める。そうすれば、3手詰めが5手詰めになったり、必至になったりするだろう。手数も伸びる。棋譜並べなら、途中から突如、シュうぇッチマン対シュうぇッチマンに切り替えて、独り将棋を始めてみる。最終盤で相手が間違えたとして、どう指すか。こんなところで創造性が培われるのではないだろうか。実戦でも、定跡どおりに指さず、ときに力戦や乱戦を挑んでみる。たとえ、ぼろ負けしたとしても、よい経験となり、今後の成長につながるだろう。

 

羽生善治 大逆転十番勝負

羽生善治 大逆転十番勝負

 

 

 この本は、アマチュア棋士がプロの投了図から羽生善治と戦うというNHKの企画をまとめたもの。羽生さんはなんと十番勝負のうち九番をひっくり返してしまったではないか! 神吉宏充プロの実に遊び心ある企画である。

 

 

◎対局

・将棋ウォーズ ○

 戦型は、対右玉・四間飛車

 地下鉄飛車で玉頭を殺到する狙いをいちはやく察知。銀冠に組み、交換した銀を自陣に投入して、四枚美濃で徹底抗戦。薄くなった相手の攻撃陣を木村一基八段ばりに「責め」、完切れに追い込んでの圧勝。

 振り飛車の美濃や穴熊を標的とした地下鉄飛車には、攻めの銀を受けに使うのが部分的なセオリーである。