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ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

期間限定で公開中。将棋で強くなるための上達法のあれこれ。難しい符号は一切なし。将棋以外にも応用できるので、ご愛読を。

ざっくり考える

ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

ざっくり考える

 

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 コメントを返しながら、気が附いた。

 「ざっくり考える」ということ自体の難しさ、困難という問題に。

 駒の総交換のシーンでは、有段者は相手3枚と味方3枚の交換というふうに考える。たとえば、3対3の合コンで、最初は男3名と女3名がそれぞれ自己紹介すればいいという具合に、ざっくり考えるのに似ている。

 ところが、将棋の初級者は、将棋は自身が1手指して、相手が1手指してと交互に指すというルールが先入観・固定観念になってしまっているのかもしれない、と。たしかに、実際の指し手は、当然のことながら互いに1手指したら1手指すという具合に進むのだけれども、有段者の脳内は必ずしもそういうふうには働いていないのだ。

 先ほどの例えでいけば、実際の合コンでは男Aがまず話し、女Bが次に話し、男Cが話して、女Dが話し、女Eが話して、最後に男Fが盛り上げて/盛り下げてという具合に進行するのかもしれない。けれども、それは事前に想定する際に、綿密に読むことではない。別に流れや勢いで、女Bから自己紹介が始まっても構わないし、男Fを最後に回す必然性があるかどうかも怪しいだろう。

 将棋に戻ると、こっちが3手連続して指すと仮定する。そうすると、相手も3手連続指せるからというふうに考えるのに近い感覚。忘れていたが、こういう読み方をするようになって、長手数の読みがいつの間にかできるようになっていたのかもしれない。

 実際の盤上の進行 ▲△▲△▲△……

 脳内盤の進行   ▲▲▲△△△……

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 上記に再掲する昨日の図面(四枚落ちなので、上手の持ち駒=飛角香2は存在しないものとする)なら、2四の銀と3二の金と4三の金が邪魔なので、とりあえず消去する。その代わり、こちらも角と銀と桂と歩を差し上げましょう、と。4枚と3枚の交換で損だが、相手の守備力が落ちるし、手番も来るので成立するかもと考えた。しかも、いざとなれば桂を素抜く筋があり、飛が成り込める、角がいなくなったので自玉が囲える、2二に落ちている歩と持ち駒の桂馬で必至がかかる・・・・・・と、次々とメリットが思い浮かんだ。この後、ベタ読みを行い、勝利を確信した。

 将棋にかぎらないことだが、「if」という接続詞が、とっても大事だと改めて思い至る。「もし~なら」と考えてみる。「もし桂を素抜けたらなあ」「もし詰めろをかけながら飛を逃げることができたならば」「もし相手の金銀がいなければ」「もし7三に歩があれば」。そのような「もし」の積み重ねが勝利に結びついた。

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 ちなみに、私シュうぇッチマンが大学時代にはまっていた論文の書き方に、「もし~だとして、・・・・・・ならば」というのがある。仮定なのに、妙に重厚感が出て、好みだったので、むやみやたらに使っていた。ひょっとしたら、もしかしてだけれど、日本人はリアリストが多く、イデアリストが少ないから、「もし」という接続詞の使い方が下手なのかもしれない。

 

【本日のまとめ】

・脳内ではルールに縛られず、もっともっと自由に駒を動かしてよい。

・「もし」という接続詞を積極的に使っていこう。