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ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

期間限定で公開中。将棋で強くなるための上達法のあれこれ。難しい符号は一切なし。将棋以外にも応用できるので、ご愛読を。

弱者の兵法

ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

弱者の兵法

 

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 大会では、たまたま優勝しただけ。

 私シュうぇッチマンが、何かの秘訣で劇的に強くなったわけではない。その証拠に、大会が終わって、ネット将棋や激指で爆発的に勝てるようになったかというと、そんなわけでは決してなく、むしろプレッシャーのようなものを感じる分、のびのび指せなくなった。

 このようなことはたしかに一般論としては非常にありそうなことではあるのだけれども、たまたま優勝するということが、そもそもありえないことなので、なんだかとっても不思議な感じがする。

 英語がしゃべれないのに、ハーバード大学に留学してしまったとか、草野球の四番がいきなり大リーグの四番を任されるとか、そんな感じだ。

 そこで「弱者の兵法」について、改めて考えるようになった。

 「弱者の兵法」といえば、いわずとしれたプロ野球野村克也氏であるわけだが、野村克也氏の講演は、野球より人生についての語りの方が長いという特徴がある。「弱者」であることを強調するためだ。

 この事実は、非常に示唆的である。というのも、精神分析においても、かつての弱かったころの自身と和解するということが極めて重要だからである。かつての弱さを認めることによって、アイデンティティをとりもどす。

 また、自らが弱者であることを繰り返し確認することにより、うぬぼれを防ぐという効用もあるだろう。

 私シュうぇッチマンは、小学校1年生のときは、ビリギャルならぬ、ビリ児童だった。関東から田舎へ転校した私シュうぇッチマンは、その地方の方言で「ドベ」と呼ばれた。勉強はできない、運動もできない、性格もおとなしい。しかも、おもらしはする、とくる。加えて、家族に障害児がいたので、そのこともコンプレックスとなった。

 その後、すべての分野で名声をほしいままにし、マルチと呼ばれるまでになった。将棋でも優勝するというおまけがついたが、しかし、他方で、そうした成功はすべて幼いころの自分を否定しつづけることが原動力であった。つまり、自らの弱さを認めるということが十分にできていないことの裏返しでもあるのだ。

 というわけで、今回の全国大会を機に、小手先ではなく、もっと自らの弱さを徹底的に見つめ直してみようと考えた。勉強はできない、運動もできない、性格もやさしい、そんな自分自身と仲直りし、そんな自分自身を全的に受容してみようと思う。

 「大会では、たまたま優勝しただけ。」さしあたり、これを毎日唱えることにしたのだが、もっと大きく「自身の人生も、たまたま運がよかっただけ。」と思えてきた。

 

 

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