ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

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将棋コーチ論(2) コーチとは何か?

はてなブログ(愛称:ピリ将)

ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

将棋コーチ論(2)

 

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コーチって、何?

 将棋コーチ以前に、そもそもコーチって何だろう?

 コーチの語源は「馬車」。安全に乗客や積み荷を目的地までお届けするのが馬車だから、目標に達するまでプレーヤーを導く役割の人のことをコーチというわけである。

 目標を設定し、目標を実現するために必要な課題を発見し、それらの課題を1つひとつ解決する。と同時に、プレーヤーの能力を開発し、成長や自立を促すのも大事な仕事だ。馬車の乗客は、ただのお客様。他方、コーチは、プレーヤーに成長や自立といった普遍的な能力を授け、今後の旅につなげてあげることも求められる。

 このように抽象化すれば、教育・医療・スポーツ・ビジネスなど、どのようなジャンルや分野のコーチであっても、役割は同じであることが理解できるだろう。とりわけ自発性やマネジメント能力、タイムマネジメント能力を育てるという点は、共通する部分であると思われる。弱みを補強し、強みを伸長させるのも同じ部分だろう。

 ただ、チームを指導する場合と、個人を指導する場合とでは、必然的に違うところも出てくる。前者なら、リーダーシップやフォロワーシップ、チームビルディング、部下の育成、コミュニケーションの促進が重要な課題となってくるだろう。後者なら、モチベーション、スキル、キャリアの向上が求められる課題となる。

 たとえば、学習塾があるとしよう。個々の生徒にフォーカスすれば、やる気を持たせ、成績をアップさせ、よい学校に進学させることが、大事な仕事となる。対して、塾自体をサポートする場合には、教室長のリーダーシップ、組織やクラスの作り方、講師の育て方などが重要な仕事となり、売り上げのアップが至上命題となるだろう。

 コーチの認定組織であるICF(国際コーチ連盟)によれば、コーチとは、クライアントの生活と仕事における可能性を最大限に発揮することを目指し、創造的で刺激的なプロセスを通じ、クライアントに行動を起こさせる、コーチとクライアントとの提携関係のことである。

 つまり、可能性の最大化はむろんのこと、よりよいプロセスを重視し、行動を引き出すこと、さらにいえば、すぐれた行動を引き出すことによって成功体験をプレゼントすることが、コーチングの本質と言えるのではないだろうか。

 

  可能性 × プロセス = 行動・成功 → 次の成功へ

 

 要するに、上記のような図式で説明することができると考えられる。

 

将棋コーチの可能性

 それでは、将棋のコーチとは、具体的にどのような存在であるべきなのだろうか。

 私シュうぇッチマンの考えでは、将棋とコーチングは、究極の相性の良さを持っている。なぜかというと、将棋は個人戦であると同時に、団体戦だからである。

 含意は2つあり、1つは将棋というゲーム自体は40の駒から組織されており、それぞれの駒の組織力を最大化することが目的であるという意味では、団体戦に他ならないということ。もう1つは、将棋自体は個人戦であるけれども、組織がちゃんとしていないと、将棋を文化として高めることができないということである。

 言い換えると、将棋というゲームは、非常に両義的だということだ。個人戦であるにもかかわらず、システマティックな思考が要求されるし、個人戦であるからこそ、チームビルディングがしっかりしていないと、文化やコミュニケーションの場が滅びてしまうということである。

 つまり、将棋が強くても社会性がなかったり、社会性があっても将棋が弱かったりという問題にどう対応するかというところで、コーチが必要になるのではないかという含意なのである。

 社会経験が豊かであるにもかかわらず、将棋が弱いとしよう。たとえば、すぐれたスポーツ選手だったり、高学歴者だったりするのに、将棋が弱い。それは、本人が悪いのではなく、そうした他の能力を将棋に応用できる部分をスキャフォールドすることに問題があるのだから、コーチの手助けを借りることにより、強くすることが可能となる。

 反対に、将棋が強いのに、組織の運営に失敗するというのも同様で、将棋の卓越した能力を社会性を発揮する際に応用できないだけの話だから、それをアシストしてあげれば、たちまち生まれ変わることができるはずだ。

 一生、誰かの下で一兵卒、駒として過ごす人がいる。逆に、常にお山の大将でなければ気が済まず、駒をあごで使うタイプの人もいる。しかし、将棋は両極端な二者、リーダーシップとフォロワーシップを高度に統合することのできるゲーム、否、格好の教育ツールだと私シュうぇッチマンは考えている。

 明日の朝、あなたは目覚める。そのとき、あなたは軍隊の長になっているかもしれない。全軍を率いて戦をしなければならない。どうする?

 明後日の朝、あなたは目覚める。そのとき、あなたは1枚の歩兵になって、戦に駆り出されるかもしれない。どうしよう?

 将棋を通じてより高度な能力を獲得するようにすれば、将棋が文化として、さらに大きな市民権を得ることにつながると考えるのだが、どうだろうか。