ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

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藤井聡太四段について(続) 修正プログラム

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ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

藤井聡太四段について(続)

 

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修正プログラム

 このブログの本編に修正を加える必要が出てきた。藤井聡太四段の出現が原因である。

 特にその必要を感じるのは、次の3つ。

 

 ・詰将棋の重要性

 ・コンピュータの重要性

 ・人間性の重要性

 

 詰将棋だけがすべてではない。これがこのブログの最大の主張の1つであっただけに、断腸の思いだが、君子豹変す。もっと詰将棋を重視しなければならないだろう。

 里見香奈先生のように、毎日詰将棋を欠かさないに加えて、藤井聡太先生を見習い、どぶにはまるくらいまで長編詰将棋に没頭することを推奨したい。

 詰将棋の本の売り上げが伸び、難解な詰将棋本も緊急出版されるらしいので、解けなくてもよいので、詰将棋にもっと親しむことを求めるように書き換えたい。

 29連勝の相手であった増田四段は、詰将棋は解かない派。だが、今回の対局でその説得力は失った。

 たしかに、増田四段も三段までは詰将棋を解いているので、私たちがそれを真に受けてはいけないのだが、しかし、そうであるなら、私たち奨励会三段にはまるで及ばないアマチュアにとって、詰将棋は必須であると声を大にしなければならない。詰将棋をまったくやらずに強くなれないと嘆いているアマチュアを甘やかしてはいけないのである。

 詰将棋だけで強くなるという言い方に対する批判については、依然として撤回する気がないものの、詰将棋の重要性はもっと強調しておいたほうがいいと強く感じた。

 

 

 コンピュータソフトの重要性についても、同様だ。

 このブログでは駒落ち対局に限って、コンピュータとの対戦を推奨していた。しかし、これは年寄りの間違いであった。撤回する。

 使えるものは、使え。

 というわけで、コンピュータを全面的に導入する。定跡研究から棋譜並べ、平手の対戦まで、貪欲にコンピュータ先生に師事す。

 この前、NHKで、千田先生が、コンピュータ将棋の棋譜並べと、形勢判断という二本柱を紹介していた。前者が流れで線、後者が点と喩えながら。

 点と線。これも導入する。

 増田先生は、激指の古いヴァージョンを使っていると聞く。私シュうぇッチマンも古いヴァージョンを使っていたが、これからは新しいヴァージョンも含め、さまざまなヴァージョンを併用することとし、発注をかけた。

 これまでコンピュータの使用に消極的だった、私シュうぇッチマンがどういう変化を起こすか、楽しみである。

 藤井四段の連勝記録の誕生、その前史としての電王戦。これらを見てしまったら、もう導入しないわけにはいかない。

  

 

 人間性について。

 実は藤井四段のどこに一番驚いたかというと、その人間性である。

 14歳の中学生に、そんな人間性が具わっているものかとおっしゃる気持ちはわかる。お母様からしたら、ただの朝寝坊な男の子にしか見えないのも無理はない。

 けれども、記者会見がすばらしいのである。何がすばらしいというと、ちゃんと考えてしゃべっているというところがすばらしい。失言ばかりする愚かな政治家には見習ってほしいくらいだ。「Think before」を実践している。これは間違いなく、将棋によって培ったところ。

 聞き手が引き出そうとする発言を、素直になぞるということが、この少年にはない。ここに驚く。

「ちゃんと『ごめんなさい』と言いなさい。」

「ごめんなさい。」

 たいていの同世代は、こんな感じで、カンペがなければ喋ることができないのに、この少年は、そうではない。

 期待されている言葉を発しないというのみならず、そこにはかなりさまざまな配慮が張り巡らされていて、対戦相手への配慮であったり、これからの勝負に不利にならないような準備であったりが含まれている。

 こうした盤外での落ち着きは、谷川先生や羽生先生に通じるものであり、渡辺先生とは違うところだと思わせる。年長世代に好かれる人間性を兼ね備えているのだ。

 語彙力も豊富で、「望外」や「僥倖」といったふつうの中学生が使わないボキャブラリーの持ち主である。語彙には理解語彙と使用語異があって、実際に使える語彙数が多いほうが優秀であるわけだが、彼にはそれがあるということだ。

 もっとも、将棋の世界に身を置いていると、語彙力が上がる。私シュうぇッチマンも、小学生のころから「無心」(中原十六世名人)「飛翔」(谷川九段)などという言葉を使っていたから、特別なことだとは思わないが、それでもその読書量には感心しないわけにいかない。

 同世代より、はるかに読書に励んでいる。そこが、部屋にコンピュータしかない千田先生との決定的な違いだと思う。

 このブログも使用語彙が通常レベルをはるかに超えていることで有名で、もっとわかりやすく、かんたんな言葉で書いたほうが読者数は伸びるよというアドバイスもいただくのだが、これについては峻拒して臨むことにする。

 読書をもっと推奨しつつ、難解な語彙も駆使して、読者の理解語彙、使用語彙を向上させながら、将棋の上達、人間性の向上に資するブログを目指していきたいと考えているので、引き続き、変化し進化していくピリ将を伏してご贔屓に願い上げます。

 

 

 追記 高校には行かないというふうな週刊誌のタイトルを目にしたが、これは間違っているおそれがあると、私シュうぇッチマンは思う。

 たしかに、「時に及びて当に勉励すべし」で、大切な時機だから将棋の勉強に専念する必要があることはよく承知しているつもりだが、しかし、それでも彼のすばらしい性格と将来性を鑑みて、進学したほうがいいだろう。

 将棋以外の分野で自身の及ばないところがあることを知ることが大事なことだし、同世代の友達や異性とふれあうこともかけがえのない経験である。また、規則正しい生活を送ることが将棋にも生きてくるはずだからだ。

 卒業に6年かけてもいいわけだし、一般的な学校でなくとも、ふさわしい学校が必ずあると思うので、もし高校へ行かないというのが事実だとしたら、再考をうながしたいと思う。将来の名人、会長候補として、若く頭の柔らかい時機に、一生ものの教養を身につけてほしいのだ。

 他人がとやかく横から嘴を突っ込むべきではないのだろうが、ファンにはファンで、託したい夢はある。妄言多謝。通りすがりのおっちゃんより。